川中島の戦い・主要人物

該当画像はありません

諏訪頼重(すわ・よりしげ)

[永正13年(1516)~天文11年(1542)]
頼茂、左近大輔、刑部大輔
義兄・武田信玄に滅ぼされた諏訪総領家の当主

諏訪神社上社[かみしゃ]の神官家・諏訪氏の当主。祖父・頼満[よりみつ]は、下社[しもしゃ]の金刺[かなさし]氏をおさえて上原城を本拠として諏訪地方を統一した。頼満の死後、父・頼隆[よりたか]が早世したため、天文8年(1539)、24歳の頼重が諏訪家を継ぐ。翌年には武田信虎の娘(信玄の妹)禰々[ねね]を妻に迎え、武田家と同盟関係になる。

娘の由布姫は信玄の側室となり、勝頼を産む

しかし、天文11年(1542)、義兄である武田晴信と同族の高遠城主・高遠頼継[たかとお・よりつぐ]に突如として諏訪に攻め込まれ、和議を受けいれ降参。その後、甲斐に送られて、東光寺にて自刃させられる。享年27歳。諏訪総領家は滅亡するが、小見(麻績)[おみ]氏との間に生まれた娘(由布姫・諏訪御料人)は、のちに信玄の側室となって勝頼を産み、諏訪家の名跡を継いだ勝頼は、武田家最後の後継者ともなる。