川中島の戦い・主要人物

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諸角豊後守虎定(もろずみ・ぶんごのかみ・とらさだ)

[生年不詳~永禄4年(1561)]
諸角(両角・室住・諸住)虎定・昌清・豊後守
信虎の代から武田に仕えた最古参の重臣

信虎晴信の二代に仕え武田家譜代の重臣。諸角[もろずみ]は、両角・室住・諸住とも記し、虎定は昌清[まさきよ]ともいう。信玄の曽祖父・信昌[のぶまさ]の六男といわれる。別説には父の代に信州諏訪から甲府に移住してきたともされる。信虎の代から数多くの合戦に出陣して武勲をあげ、信玄の代では最古参にあたる武将であった。

81歳の高齢で川中島に参戦。地元では「もろずみさん」の愛称で親しまれる

永禄4年(1561)第4次川中島の戦いでは、81歳の高齢にもかかわらずに参戦。内藤修理亮昌豊[ないとうしゅりのすけまさとよ]とともに鶴翼[かくよく]の陣の右翼を守っていたが、乱戦状態となって本陣を死守しているうちに、信玄の弟で副将の典厩信繁[てんきゅうのぶしげ]が戦死を遂げた。これを知った虎定は、激怒のあまりわずかな手勢で敵陣に突入し、白髪頭を振り乱し奮戦するが、上杉軍に首を討ち取られてしまう。虎定の首は同心によって奪い戻され、のち戦死した場所に葬られたという。

老いの身を顧みず忠義を尽くして散った老将の墓は、現在長野市稲里町下氷飽(しもひがの)に建ち、地元の人々から「もろずみさん」の愛称で親しまれている。